2014年10月7日火曜日

怒りのブレイクスルー、ノーベル賞、自己流の物理

今年のノーベル物理学賞はなんと青色LEDだった!
この発明には何と3人の日本人が関与しており、特許争いなどをしていた間柄だったようだが、
仲良く3人とも受賞となった。

そのうちの一人、中村修二さんについては、私も学生のころ「怒りのブレイクスルー」という本を興味深く読んでいたものだ。

「科学は人間に役立つものを作るためにある」

上記の著書の一節であるが、実にシンプルで力強い宣言である。
ここのページの物理に対する中村先生の主張は本当に心を打つものがある。
ぜひ、学生に読んで聞かせたい。

「理論上は正しくても、実際の自然状態のもとでは理論と同じ結果が出ないことも多いのです。
こうした場合、何度も実験を繰り返し、その結果を分析して理論づけるしかありません。
つまり、物理学という道具をより具体的に使いこなすためには、実験や測定、分析など、実際にものごとと語り合うための手段が不可欠になるのです」

実験屋の端くれとしては、教科書にしたい文言である。

「つまり、理論や法則は、ものごとを理解する唯一絶対の手段ではないのです。
ほかにいろいろある道具の一つに過ぎません。たとえば、現在の半導体物理を理解する場合、量子力学の知識がなければ不可能とされています。しかし、量子力学を理解していない人間は半導体デバイスを作ることができないのかといえば答えはノー。私は量子力学についてあまり詳しくありませんが、半導体について、いくつかのブレイクスルーを実現できました。」

私の場合、経験の蓄積とそこから生まれた知識や直感を駆使し、実験の結果を正しく見極め、それを「自己流」に深く考えていきます。そして、ものごとを理解するときには、この自己流というのがとても大事になってくるのです。

なぜならば、自分で考えついたものは、自分が最も理解しやすい方法だからです。」

「p.147 第二章 青色へ」から抜粋


これは、御退官された佐々木先生にも共通するものがある。それに、ノーベル賞候補と言われている、私の修士のときの指導教官であった中沢先生にもそういう部分があったはずだ。
もしかしたら、量子力学の理論?そんなのに囚われていたらブレークスルーは起きないかもしれない。量子力学だって、シュレーディンガーやその他もろもろの天才理論物理学者が考えついた一表現に過ぎない。それを如何に自分のものとして昇華させるかが大事ではないだろうか?

基督教の救援論においてもそうである。教理によって救われるだろうか?日々の自己流の理解と実践における経験こそが十字架の教理を自分のものへと昇華させるのである。
物理学の世界も、キリストの道も、真理を追究するなら道は通じているのである。

「怒りのブレイクスルー 集英社、 中村修二著」、売り切れる前に書店へ行って買うべし!!




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